女が強い家庭が当たり前?亭主関白は絶滅危惧種なのか

先日、何気なくテレビを観ていたら、面白い番組をやっていました。

亭主関白が多いと言われる鹿児島で、『自分こそ亭主関白だ』と言う人を探すというもの。

鹿児島は昔から男尊女卑の風潮が強い、と言われてきました。

ところが実際には「今や亭主関白の家庭はほとんどない」という声も聞きます。

むしろ「女性が強い」と言われることもある。

テレビでも、「我が家こそ亭主関白だ」と宣言したのはたったの1人。

でも、その人も本当のところはどうなのか?という感じでした。

なぜ、このような逆転現象が起きるのでしょうか。

■ 歴史的背景 ― 外で男、内で女

薩摩藩の武士文化は「男性が外で立つ」社会でした。

しかし家庭の中では、家計管理や子育てを女性が担ってきた歴史があります。

農村部では、男性が出稼ぎや戦争で不在になることも多く、

生活を実質的に守っていたのは女性でした。

つまり、

  • 外の権威は男性

  • 生活実務は女性

という二重構造があったのです。

「女性が強い」というより、

家庭運営の実権を握っていた、と言った方が近いのかもしれません。

■ データで見る現代の家庭

総務省「家計調査」や各種意識調査を見ると、日本では今も

  • 家計管理は妻が担当する家庭が多数派

  • 夫が主に稼ぎ、妻が家計を管理する形が根強い

という傾向があります。

一方、内閣府の男女共同参画白書では、

  • 「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考えに賛成する割合は年々減少

  • 共働き世帯は専業主婦世帯の約2倍以上

となっています。

つまり、

意識は平等志向へ、実務は依然として女性主導が多い

というのが現実です。


■ なぜ女性主導は安定しやすいのか

研究では、家庭内の満足度を左右する要因として

  • 経済的安定

  • 家事・育児の分担への納得感

  • 意思決定の透明性

が挙げられています。

重要なのは「どちらが強いか」ではなく、

誰が責任を持ち、どう合意しているか

なのです。

生活実務を担う人が最終判断をする方が合理的であり、

衝突が起きにくいという側面があります。

そのため、結果として「女性が主導する家庭」は

運営が安定しやすい構造を持っているとも言えます。


■ それでも「任せたい」と思う理由

ここで、少し個人的な本音を書きます。

もし、頼りがいのある夫がいて、

十分なお金を渡してくれて、

最終責任を引き受けてくれるなら——

私は主導しなくてもいい。

任せる方が楽だと思う。

これは決して依存願望ではありません。

長く自分で舵を取ってきた人ほど、

一度はこう思うのではないでしょうか。

内閣府の調査でも、女性がパートナーに求める条件として

  • 経済力

  • 誠実さ

  • 責任感

が上位に挙がっています。

つまり女性が望んでいるのは「支配」ではなく、

経済的・心理的な安心

なのです。


■ 主導権よりも「安心の分担」

経済的主導権をすべて渡すのは不安。

でも、全部を一人で抱えるのも重い。

本当に必要なのは、

  • どちらかが強くなることではなく

  • 責任を分け合えること

なのかもしれません。

データを見ても、歴史を振り返っても、

家庭が安定する条件は

「力関係」ではなく

「信頼関係」にあるように思います。

強い女性が増えたのではない。

強くならざるを得なかった女性が多かっただけかもしれない。

そして今、自立しているからこそ思うのです。

たまには助手席に座ってもいい関係が、

本当は一番理想なのではないか、と。

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