老後、することがなくなったらどうしよう。
毎日テレビを見て、動かなくなって、
足が弱って、気づいたらフレイル状態——
そんな未来を想像して、私は時々、急に怖くなります。
実はそのきっかけは、とても些細なことでした。
日曜にゴロゴロしてしまう自分
私は60代、まだ働いています。
土曜日は意識して予定を入れ、外に出るようにしています。
でも日曜日は、どうしても動けない日があります。
最低限の家事だけして、あとはゴロゴロ。
そんな自分に、心の中でこう言ってしまうのです。
「何もしていない」
「このままでいいの?」
「ダメな人間だ」
そしてふと思うのです。
この日曜日が、
そのまま老後の毎日になってしまうのではないか、と。
私が本当に怖かったのは「フレイル」だった
フレイルとは、健康と要介護の間の状態のこと。
筋力が落ち、外出が減り、社会との関わりが減る。
「ゴロゴロしていると、足が弱るのでは」
そんな不安が頭をよぎります。
でも調べてみると、
フレイルは“1日動かない”ことで起きるものではないとか。
数年単位の活動低下で進行するもの。
それなのに、私はたった1日のゴロゴロで自分を責めていました。
罪悪感の正体
なぜ、こんなに罪悪感が出るのか。
考えてみると、私はずっと
働くこと
役に立つこと
生産的であること
を「自分の価値」と結びつけてきました。
仕事をし、子どもを育て、お金の不安に備え、投資も続ける。
止まらずに走ってきた人生。
だから
何もしていない=価値がない
という回路ができていたのです。
老後に必要なのは「頑張る力」ではなく「続ける力」
60代からの人生に必要なのは、
全力疾走ではなく、持続力。
トップアスリートに休養日があるように、
回復もまた戦略です。
私は今、日曜日をこう呼ぶことにしました。
「完全休養日」
そして、ゴロゴロする前に、スクワット10回だけやります。
たったそれだけで、
体は守れる
自己否定が減る
「何もしていない」感が消える
不思議なものです。
本当に怖いのは「ゴロゴロ」ではなかった
私が怖かったのは、
動かないことではなく、価値がなくなることでした。
でも、よく考えると
働いているから価値がある
忙しいから価値がある
という考え方は、現役世代の思考です。
人生後半は違う。
存在しているだけで、
経験があるだけで、
誰かの役に立つことはできる。
今もブログを書き、
投資を学び、
未来を真剣に考えている。
それだけで、私はもう「何もしていない人」ではないのでは。
老後を怖がらないために今できること
私が決めた最低ラインはこれです。
1日少しは歩く
週に何回かは外に出る
人と話す機会を持つ
小さな筋トレを続ける
完璧を目指さない。
ゼロにしないことだけ守る。
罪悪感が教えてくれたこと
もしあなたも、
日曜にゴロゴロして罪悪感を感じるなら。
それは怠けではありません。
それは、
これまで真面目に生きてきた証拠です。
老後が怖いのは、
ちゃんと生きようとしているから。
私は今日も、
少しだけスクワットをしてから、
堂々とゴロゴロします。
それもまた、老後準備の一部だからです。


コメント